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宮崎地方裁判所 昭和34年(行)3号 判決

原告 松尾徳助

被告 椎葉村選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、「被告椎葉村選挙管理委員会が昭和三十四年四月五日同村基本選挙人名簿につき原告が同名簿に登録される資格を有しなくなつた旨表示した処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張

別紙記載のとおり

三、証拠〈省略〉

理由

被告椎葉村選挙管理委員会が、昭和三十三年九月十五日現在調製の同村基本選挙人名簿に、昭和三十四年四月五日原告が三箇月以来同村内に住所を有しなくなつたことを知つたとして、同名簿に登録される資格を有しなくなつた旨を表示し、当時その旨原告に通知したことは当事者間に争がない。

そこで、原告が右期間内椎葉村に住所を有していたかどうかについて検討する。

原告が建設業を営んでいて、宮崎市中津瀬町三十番地の四に本建築の居宅を、宮崎県東臼杵郡椎葉村大字大河内七百二番地に仮建築の居宅を各所有していること、椎葉村議会議員たる原告に対する村議会の招集通知が宮崎市の右居宅宛になされていること、原告の妻が宮崎市に住民登録をなし、公衆浴場を経営し、夫婦共同市で市民税を納付しており(原告は事務員が誤つて納付したものと主張し、証人辺保ケイ子の証言並びに原告本人の供述中これに副うものがあるけれども、後段認定の事実関係に照らし措信できない。)原告の本籍が椎葉村にあつて、原告が同村において住民登録をなし、主食配給台帳に登録を受け、村民税(均等割だけ)を納付していること、原告が昭和三十年三月宮崎市から同市桃山墓地の使用許可を得て従前の墓地から一部改葬し、一部の位牌を宮崎市の右居宅に安置していること、原告が昭和二十七年以来宮崎市在住の椎葉村出身者で組織する親睦団体耳水会の会長をしていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証の一乃至四、甲第九号証に証人甲斐康敏、甲斐重行、鎌倉定美、甲斐達教、松尾シゲ子、辺保ケイ子(以上両名各一部)の各証言並びに原告本人尋問の結果(一部)、検証の結果(二回共)を綜合すると、従来原告は椎葉村大字大河内七百二番地に若干の宅地を有して居を構え、同村内に山林二十余町歩を所有して植林をなし、兼ねて建設業を営んできたところ、昭和二十五年八月妻シゲ子と婚姻し、同時に椎葉光吉夫妻を原告等夫婦の養子に迎え同居していたが、昭和二十六年頃宮崎市高千穂通三丁目百九十七番地に家屋を建築し「土木建築製材業松尾建設宮崎支店」なる看板を掲げ、ここに建設業の事務所兼居宅として使用しているうち、昭和三十三年初頃、右家屋を売却して同市中津瀬町三十番地の四に宅地百五十七坪を購入し、木造モルタル塗セメント瓦葺一部二階建延坪約六十一坪の居宅並びにこれに隣接(一部接続)して木造モルタル塗平家建浴場建坪約四十七坪を建築し、右居宅は原告名義で登記されているが、上質の材料を用い細部に亘る普請が施され、階下に玄関横の事務室の外、居間客間等七室があつて装飾品各種家具類電話等も完備し、造り付けの仏壇もあつて後記亡養子夫妻並びにその二児の位牌四柱が安置してあり、原告等夫婦の起居の用に供すると共に、前示看板を掲げ、事務員一名を雇入れ建設事務所として使用し、二階には三畳間八室があつて貸間とし、右宅地及び浴場は妻シゲ子の所有名義で、同訴外人は同年六月営業許可を得て、爾来公衆浴場を経営しており、又前示桃山墓地には後記認定の災害死した養子夫妻並びにその二児の墳墓を改葬し、将来改葬予定の他の亡養子一名の分と併せ花岡岩の墓標五基を建て、玉垣を以て囲み、小砂利を敷き石灯籠を設置した恒久的な墳墓を築造していることが認められ、一方椎葉村の居宅は昭和二十九年九月十三日颱風による水害のため宅地もろ共に流失し、当時同家に居住していた前記養子夫妻とその二児が水死するの憂目をみたので、同年十月頃同所附近に前記仮建築の家屋を建築したが、右家屋は本造ルーヒング葺平家建のいわゆる堀立小屋四棟で、うち原告が起居の用に供する建物は建坪約二十二坪で、その北側の半分六畳二間の板敷の部分は人夫の宿泊所として使用し、南半分は八畳一間の外二畳の板の間及び土間の台所があつて、前認定と同一位牌四柱が安置されている戸棚、整理箪笥、坐机各一個があり、出入口に事務机一脚が置かれているが、表礼看板の類はなく、その南側の住家八坪には原告の妻の弟にあたる訴外鎌倉定美が家族と共に居住しており、道路を隔てて約十一坪の資材格納庫並びに約八坪の従業員住宅が設けてあり、原告は前記災害後もとの位置に宅地を造成し、本建築用の木材も製材して保管していたが、昭和三十一年に至つて右宅地の一部を訴外甲斐達教に貸与し、右建築資材は宮崎市に運搬して右浴場の建築に使用したこと並びに原告は椎葉村大字大河内において県営工事の大部分を請負つている関係上、月のうち約半分位を単身で右住家に起居していて(昭和三十四年一月初から同年四月初に至る間も同様であつた。)、従来その食事は隣家に居住する義弟鎌倉定美方でまかない、(昭和三十四年一月から同年六月までは原告が同所に起居している間だけ通いの女中に炊事をさせた。)又原告不在の間は右建物及び資材等の管理は訴外鎌倉定美にさせ、前記災害後の昭和三十年初頃からは時折学校、部落等に金銭を寄附する外部落民との交際も漸次疎遠となつて今日に及んでいることを認めることができる。なお、成立に争いのない乙第五号証、同第八号証、証人明珍清の証言によつて成立を認め得る甲第五号証並びに乙第三号証に証人辺保ケイ子の証言(一部)、被告代表者本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和三十二年十月十一日建設業法第六条による登録申請をなすにあたり主たる営業所の所在地を前記宮崎市高千穂通三丁目百九十七番地として願出で、信書に押なつするゴム印には支店を、名刺には本店をいずれも「宮崎市中津瀬町三〇の四」と表示していてこれを常用していること、前叙椎葉村議会の招集通知が右宮崎市の居宅宛になされているのは原告の申出でによるものであることを認めることができる。以上の認定に反する証人梅野八郎、辺保ケイ子、松尾シゲ子の各証言の一部並びに原告本人の供述部分は措信せず、他に右認定の妨げとなる証拠はない。

以上認定したように、原告は昭和三十四年四月五日まで三ケ月以上に亘り宮崎市に本建築の住宅兼建設業事務所を構えて妻と同居しており、妻は公衆浴場を経営し、夫婦共宮崎市において市民税を納付し、宮崎市に墳墓をも所有していて、本籍地である椎葉村には事業の便宜上仮住家並びに資材格納庫等を所有し、事業のため月約半数を単身同所で起居するに過ぎないのであるから、原告が椎葉村において住民登録をなし、主食配給台帳に登録を受け村民税(均等割)を納付し、部落や学校に寄附をなし、また将来椎葉村に本建築の家屋を建てる意図を持つていたとしても、前示期間内の原告の生活の本拠は宮崎市に在つて椎葉村に在つたものではないと認めるのが相当である。

しかして、被告代表者本人尋問の結果によると、被告選挙管理委員会は昭和三十四年四月五日に至り、原告が前認定のように三ケ月以来椎葉村に住所を有しなくなつた事実を確知したので、同日公職選挙法施行令第十八条第二項の規定に従い本件表示処分をなしたことが認められるから、右表示処分が適法且つ有効なことは明らかである。

よつて、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長友文士 坂井芳雄 重田九十九)

(別紙)

一、原告の事実上の主張

原告は、昭和六年以来宮崎県東臼杵郡椎葉村大字大河内七百二番地に居住し、椎葉村の基本選挙人名簿に選挙人として登録され、選挙権を行使してきたものである。ところが、被告は、昭和三十四年四月五日に至り突如として、原告が三箇月以来同村内に住所を有しなくなつたことを知つたとして、右選挙人名簿に登録される資格を有しなくなつた旨同名簿に表示し、当時その旨原告に通知した。しかし、原告は、

(一) 椎葉村において住民登録をなし、主食配給台帳に登録されてその配給を受け、家財道具も備えて現実に生活している。

(二) 昭和十七年以来椎葉村村議会議員の職にあるところ、正当の理由なくして村議会を欠席したことはない。又昭和三十四年四月施行の同村議会議員選挙にも第六位の高点を以て当選している。

(三) 松尾建設の名称を以て建設業を営んでいて、本店を前記住所に置き、支店を宮崎市中津瀬町三十番地の四に置いているが、村議会議員であるため椎葉村発注の工事を請負うことができないので、日向、西都両市の県土木出張所に登録建設業者として指名願を提出していて、仕事の大部分を椎葉村内において、一部をその近隣の町村においてなしているもので、右支店を宮崎市に設けたのは、原告の請負工事の大部分が宮崎県の発注によるものであるため、県との連絡及び工事入札の便宜上、その実質は連絡所として昭和二十七年家屋を購入して右支店を設けたに過ぎない。

(四) 椎葉村において村民税(均等割及び所得割)を納付し、宅地、居宅、山林等不動産の大部分は椎葉村にあつて、宮崎市には前記支店事務所として使用する家屋以外には不動産を所有していない。

(五) 椎葉村大字大河内の中学生の大部分は隣接の児湯郡西米良村西米良中学校に通学している関係で、昭和三十二年頃同中学校PTAに金二万円を寄附した外、大河内小学校の橋梁架設部落負担金四千八百円を納付し、共同募金の割当にも応じ、大河内部落の秋冬の例祭には毎回金五千円程度の寄附をもしていて、同部落民として分相応の交際をしている。

(六) 昭和三十四年一月から同年三月までの生活の状況を示せば次のとおりである。

椎葉村 宮崎市 出張

一月  十日 十二日 九日

二月 十五日  十日 三日

三月 十六日  九日 六日

以上の次第で、主観的には勿論、客観的にも原告の生活の本拠が椎葉村にあることは明らかで被告の本件表示処分は原告の住所の認定を誤つた結果なされた違法な処分であるから、ここに右処分の取消を求めるため本訴に及ぶ。

被告主張の事実中(1)椎葉村における原告の居宅が仮建築であること。(2)村議会の招集通知が前記宮崎市の支店宛なされていること。(3)原告が宮崎市において市民税を納付したこと。(4)原告の妻が右支店所在地で公衆浴場を経営し、住民登録をなし、市民税を納付していること。(5)原告が被告主張の頃宮崎市から同市桃山墓地の使用許可を得て、椎葉村の墓地から一部改葬し、又位牌の一部を宮崎市の右支店に安置していること。(6)原告が被告主張の耳水会会長をしていることはこれを認める。しかし、

(1) 原告が右居宅を仮建築のままとしているのは、昭和二十九年の水害で本建築の家屋が流失したため仮りに建築したものを、本建築に改築する予定のところ、附近にある木橋が永久橋に加替えられる計画であるが、その架設場所が確定しないため今日まで本建築を見合せているだけである。しかも、これらの建物は、仮建築とはいえ二十二坪の住宅の外、二十九坪の職員住宅、十二坪の機材格納庫を有しているものである。

(2) 村議会の招集通知が宮崎市宛になされているのは、原告の申出によるものではない。

(3) 宮崎市において市民税を納付したのは原告の真意に基くものではなく、原告の事務員が誤つて納付したものである。

(4) 原告の妻が宮崎市で公衆浴場を経営しているのは、妻の親戚訴外梅木八郎が失職中であるため同人に経営させるために始めたもので永く自ら経営する意思ではなく、又妻が同市において住民登録をなし、市民税を納付しているのは、親戚の子弟を宮崎市内の中学校に入学させるための一時的便宜措置で妻の本意に出ずるものではない。

(5) 原告が椎葉村にある墳墓の一部を宮崎市桃山墓地に改葬したのは亡妻と子女の墓だけで、祖先の墳墓はなお椎葉村にあり、位牌も宮崎市の支店に安置してあるのは一部にしか過ぎず、原告も妻も将来は椎葉村に骨を埋める覚悟である。

よつて、被告主張の如き事実に基いて原告の住所が宮崎市にあるというのは当らない。

二、被告の事実上の主張

原告が従来椎葉村の基本選挙人名簿に選挙人として登録され、選挙権を行使してきたこと、被告が昭和三十四年四月五日原告主張の如き理由により右選挙人名簿に登録される資格を有しなくなつた旨を同名簿に表示し、当時その旨原告に通知したこと、原告が椎葉村において住民登録をなし、配給台帳に登録されており、昭和十七年以来椎葉村村議会議員の職にあつて、昭和三十四年四月施行の村議会議員選挙にも当選したこと、原告が建設業を営んでいること、原告が椎葉村において村民税(均等割)を納付していることはこれを認める。しかし、右住民登録並びに配給台帳の登録は、原告において登録替の手続をなすべきに拘らずこれを放置しているもので、右村民税には均等割だけであるが、これは本人の申出があれば賦課しなければならないこととなつているので被告の申出があつたため賦課しているものである。従つて、これらの事実によつて原告の住所が椎葉村にあるものとはいえない。その余の事実はこれを争う。

のみならず、被告の住所は宮崎市にあつて、椎葉村にあるものではない。すなわち、

(1) 原告の本籍地は椎葉村大字大河内七百二番地となつているが、右本籍地には仮建築の家屋があるだけで、しかも、その家屋は空家同然で、日常人が住んでいる形跡はない。

(2) 建設業者たる原告の主たる営業所の所在地は宮崎市高千穂通三丁目百九十七番地(原告の前住所)と登録されている。

(3) 原告は同市中津瀬町三十番地の四に住家を有して妻と同棲しており、妻は宮崎市に住民登録をして公衆浴場を経営し、昭和三十二年頃から夫婦とも同市で納税している。

(4) 椎葉村議会議員たる原告に対する村議会の招集通知の原告の申出により同所宛になされている。

(5) 原告は昭和三十年三月宮崎市から同市桃山墓地の使用許可を得て椎葉村の墓地から改葬し、祖先の位牌も宮崎市の住家に安置してある。

(6) 原告は昭和二十七年以来宮崎市在住の椎葉村出身者で組織する親睦団体耳水会の会長をしている。

以上の事実によると、原告はその意思においても客観的事実からしても椎葉村に住所を有するものではない。右事実は昭和三十三年度の本件選挙人名簿作成当時既にそうであつたものを誤つて右名簿に登録されていたものである。よつて、被告のなした本件表示処分は適法である。

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